内向的な中年男には、何の楽しみもなかった。一人暮らしのアパートに戻ると、寂しくウイスキーを飲んでいた。気がつくと、目の前に見知らぬ女が立っていた。触ろうとすると、つかむことができない。酒を飲むと現れる幻の女は、幽霊なのか、潜在意識から発した女のイメージなのだろう。 幻覚だと知りながらも、男は現れた女と楽しいひとときを過ごす。それが楽しみでアパートに戻ると酒を飲んでいた。ところが、ある夜、公園のベンチで睡眠薬を飲んで自殺を図った女性を見つけ、救急車を呼んで助ける。 再び公園を..

 内向的な中年男には、何の楽しみもなかった。一人暮らしのアパートに戻ると、寂しくウイスキーを飲んでいた。気がつくと、目の前に見知らぬ女が立っていた。触ろうとすると、つかむことができない。酒を飲むと現れる幻の女は、幽霊なのか、潜在意識から発した女のイメージなのだろう。
 幻覚だと知りながらも、男は現れた女と楽しいひとときを過ごす。それが楽しみでアパートに戻ると酒を飲んでいた。ところが、ある夜、公園のベンチで睡眠薬を飲んで自殺を図った女性を見つけ、救急車を呼んで助ける。
 再び公園を訪れると、命を助けた女性がベンチに座っていた。住むところもなく、死ぬしかなかったと語る。そこで、男は自分のアパートの隣が空いているので、そこに住むように諭す。
 楽しいひとときを過ごしたのだが、男は幻覚で見た女と、目の前の女が同一人物だと思い込む。「私のことを知っているでしょう?」と言うので、女は自分とは異なる女性のイメージを、投影してきているだけだと思う。女は男に黙って、隣の部屋から引っ越してしまう。
 絶望した男はバーに行って、一人で酒を飲んでいる。ホステスが現れるが、その女性も幻の女のように見えてしまう。要するに、この男は生身の女性とコミュニケーションする能力がないので、欠けている部分を補償するために、幻の女を潜在意識から呼び寄せたのだが、余りにそのイメージにはまり込んで、実際にいる女性を見ることすらできないのである。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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