ようやく僕は心安まる時を得た。右方には屋根のついた展望台が見える。両親と妹が昼食を取ったというのは、あの辺りなのだろうか。かろうじて水没を免れた小島には、笹や灌木が密生していた。 成人してからというもの、僕は家族で旅することをいやがっていた。子供時代と決別したい。自分から避けてきたのに、仲間はずれにされたような気がして、どんな所か訪れたくなったのである。しかもこのとき、父の命が長くないことを実感していた。 午後四時過ぎにボート乗り場に戻った。救命具と櫓を返した後、岸辺近くか..

 ようやく僕は心安まる時を得た。右方には屋根のついた展望台が見える。両親と妹が昼食を取ったというのは、あの辺りなのだろうか。かろうじて水没を免れた小島には、笹や灌木が密生していた。
 成人してからというもの、僕は家族で旅することをいやがっていた。子供時代と決別したい。自分から避けてきたのに、仲間はずれにされたような気がして、どんな所か訪れたくなったのである。しかもこのとき、父の命が長くないことを実感していた。
 午後四時過ぎにボート乗り場に戻った。救命具と櫓を返した後、岸辺近くから暮れゆく湖水を眺めていた。有給休暇を取って来ているのだが、平日の午後に岸辺にたたずむのは僕ぐらいだ。日が高いうちは、太陽と色づきはじめた山を見ていれば楽しかったが、日が傾くとともに、自分しかいないという思いが募ってきた。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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