古川氏の『背高泡立草』が理解しにくいのは、これがかつて書かれた連作の一部であるという点である。この作品で初めて古川氏の世界に触れた読者は、なぜ平戸辺りの島の年代記を読まされているのかが分からない。草刈りにこだわる老婆の話に、江戸時代や戦前、戦後の混乱期の物語が挿入されている。しかも、その主人公は「彼」とか「少年」とかしか記されておらず、古川氏が連作を書いていることを知らない読者は、混乱する恐れがある。 連作と言えば、『千夜一夜物語』を思い出す。一つ一つの短い物語には、人間の..

 古川氏の『背高泡立草』が理解しにくいのは、これがかつて書かれた連作の一部であるという点である。この作品で初めて古川氏の世界に触れた読者は、なぜ平戸辺りの島の年代記を読まされているのかが分からない。草刈りにこだわる老婆の話に、江戸時代や戦前、戦後の混乱期の物語が挿入されている。しかも、その主人公は「彼」とか「少年」とかしか記されておらず、古川氏が連作を書いていることを知らない読者は、混乱する恐れがある。
 連作と言えば、『千夜一夜物語』を思い出す。一つ一つの短い物語には、人間の本質を突くエピソードがちりばめられている。読者が続きを聞かずにはいられない冒険譚や恋物語、ユーモアたっぷりの猥談など、読者を飽きさせることがない。古川氏の場合は、草刈りの物語の間に、なぜ江戸時代や戦前、戦後の物語を挿入したのだろうか。どのような効果を狙ったのだろうか。
 古川氏は天才肌の作家だと述べたが、その想像力が計算を巡らす知性と一体化してはじめて、読者の心を翻弄する作品として結実する。次から次へとうねる言葉に圧倒され、読者は心の中にイメージを生み出す余裕がない。どうしても必要な言葉以外は、枝打ちをするように切り落とすことで、風通しの良い文章になるというのに。
 読者は不親切なもので、わけが分からなくなると投げ出してしまう。中上健次のような神話的な世界を描くなら、強烈な個性の人物を中心に据えないと、読者は物語を追う意欲をそがれてしまう。不親切な読者の目からすれば、いきなり九州の島の集落に投げ込まれ、ドキュメンタリーを見させられている気がする。地域社会の営みを自然に描いたものなのだろうが、それに寄り添うためには、人物の生が魂に刻まれる表現が求められる。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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